29.AlliedSignal

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29.AlliedSignal

エレクトロラックスは、アメリカの大手企業AlliedSignal社へのオートリブ売却の準備を進めていたのをご存知でしたか?

1990年代前半に、Eurobagが成功をおさめた後のことです。しかし、オートリブ幹部はこの取引が特に魅力的と思わず、結局取引は成立しませんでした。

Image:1990年代エレクトロラックス/オートリブ/Klippanの施設内の様子 『Electrolux Autoliv』社内誌掲載の写真

28. Eurobag

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28. Eurobag

1990年代前半に、オートリブが独自のエアバッグを開発したのをご存知でしたか?

「Eurobag」という名前で、アメリカのエアバッグよりも小さく、ヨーロッパで標準となっていたシートベルトと合わせて使用するように設計されていました。EurobagはEuroflatorと革新的な完全織布のクッションで構成されていました。この革新的な技術はどちらもオートリブのグループ会社が開発したものです。Eurobagにより、オートリブのエアバッグ売り上げはたった数年で飛躍的に伸びました。

Image:エレクトロラックスーオートリブ「Eurobag パッセンジャーモジュール」1993年、60L助手席エアバッグ

27.ドイツの試験場

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27.ドイツの試験場

1990年に、オートリブはドイツ・ダッハウに試験場を設立したのをご存知でしたか?

これは、BMWからの強い要求によるものでした。ダイムラーとオペルに勤めた経験があるドイツの名エンジニア、ディタ―・シャーパーがこの試験場に所属しました。シャーパーは後に、「weisswurst」という特殊なサイドエアバッグを開発しています。

Image:BMWの現代のサイドエアバッグ。2010年に撮影

26.ヨーロッパの広域展開

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26.ヨーロッパの広域展開

ヨーロッパにおける広域展開が1980年代初頭に始まったのをご存知でしたか?

オートリブは、次第にヨーロッパのトップサプライヤーとなり、マーケットの約半数近くのシェアを獲得しました。スペイン、イタリア、フィンランド、イギリスの会社などを買収し、さらにアメリカでも買収を試みましたが、落札競争で競合相手に負けてしまいました。

Image:1987年の会社組織図

25. 諮問委員会

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25. 諮問委員会

オートリブが、1984年に諮問委員会を立ち上げたのをご存知でしたか?

委員会は現在も存続しています。諮問委員会のメンバーには、世界的名外科医で交通安全学教授のバーテル・アルドマンなど、スウェーデンの国内外で活躍する交通安全学や自動車工学、生体力学(つまり、人間の体がどんな力に耐えられるか)の専門家や研究者が名を連ねました。

Image:1999年の諮問委員会

24. グンナー・バーク

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24. グンナー・バーク

1980年代から90年代にかけて、オートリブが実現した大きな功績の立役者だったグンナー・バークは、スウェーデン国立防衛研究所のリサーチエンジニアとしてキャリアをスタートさせたのをご存知でしたか?

彼は、のちにオートリブの社長兼CEOをなんと3期も務めています。

Image:オートリブとMorton ASPが合併した1997年のグンナ―・バーク

23. Evert Larsson Industri

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23. Evert Larsson Industri

1979年に競合相手であるEvert Larsson Industriを買収したことで、ついにオートリブはスウェーデンの自動車メーカーのボルボとの取引の足掛かりを得たのをご存知でしたか?

それ以前のオートリブの顧客は、海外の自動車メーカーでした。

Image:1959年のボルボ自社製V型安全ベルトの装着時の様子

22. AMCA

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22. AMCA

1970年代後半、オートリブは買収を通じて急成長したのをご存知でしたか?

収益は6年で60%以上増加。この買収の一つが、フランスの会社AMCAでした。AMCAの買収により、フランス市場におけるオートリブのシェアが10%から16%へと増加しました。

Image:フランスの施設でのステアリングホイール(ハンドル)製造の様子。1970年代頃、撮影者不明

21. エレクトロラックス

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21. エレクトロラックス

オートリブは、かつて家電の多国籍企業であるエレクトロラックスの一部だったのをご存知でしたか?

1980年、エレクトロラックスがオートリブを含むGränges全体を買収したのですが、オートリブはグループ内ではどちらかというと異質な存在だったため、非常に独立した役割を与えられました。

Image:9年後に開催されたヨーロッパでの展示会の様子、撮影者不明

20. Grängesの狙い

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20. Grängesの狙い

Grängesは1972年に、北欧でトップのオートマティックシートベルトの一括請負メーカーとなり、加えて英国と西ドイツでも重要なポジションを築くことを目標に掲げたのをご存知でしたか?

しかしこの戦略は実現できず、代わりにGrängesは、真のシートベルトメーカーとフルサービスサプライヤーになるため、1975年にヴォーゴーダを拠点としたベルトメーカーのオートリブを買収します。当時、全生産の5%にあたる、5,000個の「エッセムロール」と呼ばれるリトラクターが同社に既に納品されていました。

Image:1975~1976年オートリブ社製シートベルト生産施設内部の様子