22. AMCA

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22. AMCA

1970年代後半、オートリブは買収を通じて急成長したのをご存知でしたか?

収益は6年で60%以上増加。この買収の一つが、フランスの会社AMCAでした。AMCAの買収により、フランス市場におけるオートリブのシェアが10%から16%へと増加しました。

Image:フランスの施設でのステアリングホイール(ハンドル)製造の様子。1970年代頃、撮影者不明

21. エレクトロラックス

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21. エレクトロラックス

オートリブは、かつて家電の多国籍企業であるエレクトロラックスの一部だったのをご存知でしたか?

1980年、エレクトロラックスがオートリブを含むGränges全体を買収したのですが、オートリブはグループ内ではどちらかというと異質な存在だったため、非常に独立した役割を与えられました。

Image:9年後に開催されたヨーロッパでの展示会の様子、撮影者不明

20. Grängesの狙い

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20. Grängesの狙い

Grängesは1972年に、北欧でトップのオートマティックシートベルトの一括請負メーカーとなり、加えて英国と西ドイツでも重要なポジションを築くことを目標に掲げたのをご存知でしたか?

しかしこの戦略は実現できず、代わりにGrängesは、真のシートベルトメーカーとフルサービスサプライヤーになるため、1975年にヴォーゴーダを拠点としたベルトメーカーのオートリブを買収します。当時、全生産の5%にあたる、5,000個の「エッセムロール」と呼ばれるリトラクターが同社に既に納品されていました。

Image:1975~1976年オートリブ社製シートベルト生産施設内部の様子

19. なぜシートベルトを着用しなかったのか?

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19. なぜシートベルトを着用しなかったのか?

当時シートベルトは多くの傷害や事故を防ぐことができたのも関わらず、多くの人がシートベルトを使いたがらなかった理由をご存知でしたか?

その理由の一つが、シートベルトのせいで体の動きが制限されると感じたからです。例えば、シートベルトを着用したままだとグローブボックスに手が届きにくかったことが挙げられます。こうした問題が、巻き取り式シートベルトという新たな発明へとつながりました。1964年には既に、英国のBritaxとKlippan GmbH(スウェーデンのKlippanグループのドイツ子会社)が急ブレーキを踏んだ際に作動するリトラクター付きベルトを開発。英国のKangolも同様のベルトテンショナーを製造していました。同じ時期に、スウェーデンの都市ハルムスタッドを拠点としたNyhems Mekaniskaが「セーフ(Safe)」というリトラクターを発売しました。

Image:1964年式Klippan・Britax社製リトラクター

30.オートリブメキシコ

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30.オートリブメキシコ

1990年代前半、オートリブはメキシコでの製造を開始したのをご存知でしたか?

日本のNSKとともに、合弁会社「NSK-Autoliv」を立ち上げ、ティフアナに工場を新設しました。1991年9月、アメリカ市場向けの自動車用電動式シートベルトをメインに生産が開始しました。

Image:メキシコ・ティフアナの工場。2013年に撮影。撮影者不明

31.ユタでのロケット試験

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31.ユタでのロケット試験

Thiokol(後のMorton Thiokkol)がアメリカのユタ州に落ち着いたのは、この無人の砂漠地帯がロケットの試験に最適だったからなのをご存知でしたか?

1950年代中頃のある日、会社の代表たちがユタ州に赴き、その可能性を模索しました。若い農家の息子だったケン・ホルムグレンは、プロモントリー(Promontory)とブリガム・シティ(Brigham City)の間を走る道路にたった1件だけ酒場があり、そこにきっと代表たちが足を止めることを知っていたため、彼らに会うために酒場に向かいました。後はご存知の通りです。

Thiokolはその地に拠点を構え、ホルムグレンは後に社長、そしてMortonとThiokolの合併後にはMorton ThiokolのCEOに就任しました。

Image:アメリカ・プロモントリー地域。1990年~1994年の間に撮影。撮影者不明。

32.モートンのガス発生器

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32.モートンのガス発生器

Morton Thiokolは1970年代初めには、既にエアバッグ用ガス発生器の大手メーカーだったのをご存知でしたか?

ガス発生器の開発は、ロケット燃料を扱ってきた当社の歴史に根付くものです。ここから、エアバッグ全体の製造へと発展していきます。1989年、会社は2つに分割され、Morton ASPが自動車安全市場に特化することになります。

Image:エアバッグ内の点火装置。2014年に撮影。撮影者不明。

33.日本におけるモルモン教徒

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33.日本におけるモルモン教徒

日本市場におけるMortonの成功には、モルモン教徒の社員が大きく貢献していたのをご存知でしたか?

ユタ州には、布教活動中に日本語と日本文化を学んだ、教養が高く言語に精通した男性が多くいたのです。こうした特性が、会社に高い競争優位性を与えました。

Image:1994年ユタ州の社員たち。撮影者不明

34.オートリブの新規株式上場

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34.オートリブの新規株式上場

1994年6月9日にオートリブが株式を上場したのをご存知でしたか?

これによりエレクトロラックスグループを脱退し、独立企業となりました。新規株主の大部分は海外の資産運用会社でした。最初の1年で株が60%も値を上げたので、彼らにとっては良い買い物と言えましょう。

Image:この広告写真はオートリブが上場したのと同じ1994年に公開。撮影者不明

35.インフレ―タブルカーテン

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35.インフレ―タブルカーテン

1995年5月に、オートリブのエンジニアたちが顧客のメルセデスに全く新しい革新技術を紹介したのをご存知でしたか?

この発明は、一部、オートリブの研究部門長ユングヴィ・ハーランドによる側面衝突に関する研究結果をもとにしたものでした。側面からの衝撃に対して保護するこの画期的技術は、「インフレ―タブルカーテン」と呼ばれ、大成功しました。この技術は多くの命を救い、重傷を防ぎ、オートリブのその後の開発において大きな役割を果たしました。

Image:ユングヴィ・ハーランドと「インフレ―タブルカーテン」の試作品。1990年代に撮影。撮影者:レナート・リーンマイン